【ケガで部活ができず苦しんでいる中学生・高校生の方に】3度の手術を乗り越えて語る心の持ち方【右ひざの爆弾手術・体験記】

雑記
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自分の経験をいつかブログに書き起こしておきたいなと思ったので、人生に一番影響の大きかった出来事の右ひざの手術について、投稿したいと思います。

私の簡単なプロフィールです

  • 性別:男
  • 年齢:アラフォー
  • 出身:宮城県
  • 職業:IT系(ソフトウェアの営業)
  • 趣味:ブログ、バレーボール、野球観戦

ちなみに、タイトルでわかる通り期間を空けてですが計3回手術をしておりまして、その度に現在の趣味でもあるバレーボールを「そろそろ引退かな…」などと思っていますが、細々と続けながら生活していますので、ケガに苦しむどこかの誰かに少しでも参考になればと思います。

今回はその中でも一番しんどかった高校時代の手術(1回目)の経験を書き起こしたいと思います。

ケガ発症前の私

時はさかのぼり、中学生時代になります。(25年以上も前じゃん!)

父がバレーボールをしていたこともあり、色々と練習などにも付いて回っているうちに、中学校の部活選択で「とりあえず分かるスポーツで、バレーボールでいいか」と入ったバレーボール部。
1年生のときは球拾いでしたが、自慢っぽくなってしまいますが、客観的にみると割と体格にも恵まれ運動神経も悪くはない方だったので、自分たちの代になってからは一応キャプテンを任されるようになりました。

とはいえ、県大会にギリギリ出場(当時は県大会の前にその下の地区大会があった)できても、1,2回戦負けのような弱くも強くもないチームでした。
そんな中、それなりに充実した部活動の日々を送っていました。

右ひざの違和感

ある日の体育の授業中に、バスケットボールをしていて急にストップした時、右ひざに痛みが。

はじめは「気のせいかな?」とも思ったのですが、そこからずーっとその痛みは続くようになりました。そのバスケットボールのプレーのせいだったのか、たまたまそのプレーで気づいたのかは分かりません。

具体的には、立っている状態からしゃがむ動作の最中、その逆に立ち上がる動作の途中で「グッ」と痛みが走るひざの角度があり、その角度のまま耐えることができない痛みでした。

ごまかして続けた中学校時代

さすがに長く続くので、接骨院などに通い電気をあててもらったり、マッサージをしてもらったりしたのですが一向に痛みは変わらず。

そしてこの痛み、都合の良いことにアップして膝が温まってくるとあまり痛みを感じなくなるのです。
なので、とりあえず膝が温まるまでアップしてから練習や試合をしていたので、中学校時代まではごまかしつつプレーができていました。

思えばこの時しっかりとした病院で診てもらっていたらどうなっていたのだろう?と思う事もありますが、今となってはどうしようもないことなのであまり考えないようにしています。

当時気休めにサポーターを付けてプレーしていたのですが、明らかに右ひざの周りの筋肉が左と比べて細かったことを覚えています。無意識にかばって生活していたのだと思います。

今思うと本当に無理していたな~と感じますが、当時は夢中だったので「プレーができればいいや!」という気持ちで走っていたと思います。
そして、そんな中ありがたいことに私のプレーに目を付けていただいた高校から、バレーボールで来て欲しいとお声がけをいただいて、不安を抱えつつもバレーボールをするために強豪校へと進学したのでした。

高校でぶちあたる壁、そして爆発

高校に入ると、当たり前のようなハードトレーニングが続きます。そもそもの基礎体力が足りていない1年生の状態で、かなり過酷な内容だったと思います。
ジャンプ系のトレーニングも多く、痛みにこらえて何とかごまかしながら数をこなしていた記憶があります。

そんな状態で入部したにも関わらず、もう一つの壁にぶつかります。純粋なバレーボールの技術力不足です。

声をかけてもらって入部したとはいえ、周りの他の部員は県大会で優勝した学校や、県選抜の選手、私より身長が10cm以上デカい選手など、そもそもの自分の立ち位置がほかの同級生よりマイナスであるところからのスタートという事に気づきます。

そんな中「上手くならないといけない」という義務感にも似た心の焦りと、それに反する膝の痛みで本当にもがいてもがいて日々生活していました。

そして、いつの日かアップをして膝が温まっても痛みが落ち着かず、なんなら庇って酷使してきた左ひざまで痛くなってしまい、どうしようもなくなっていました

これはもう無理だと思い、正直に両親と監督に伝え、仙台の膝の専門医にかかることになりました。

膝の痛みの原因の判明

病院でMRI検査をしたところ、思わぬ状況だったことが判明します。

右大腿骨の一部が「壊死」していました。

当時は壊死の意味が分からなかったのですが、主治医としてもあまり症例のない状況だったようです。
壊死している部分が、膝の曲げ伸ばしの際に圧迫され、こすれることによって、骨自体から痛みが生じていると。

そりゃあ痛いはずですよ、いくらリハビリ筋トレしてもカバーできないのも納得できました。
で、これ、どうやって治すの??と。

半月板とかじん帯とか、調べた中にあった症例には全くなく、急に暗闇の中に放り出された気持ちになりました。

生殺しの日々

そこからとりあえず膝に負担のかからないようなリハビリトレーニング方法を教えてもらい、筋肉が落ちないように動かしながら、膝に負担のかかる動作は骨の状況を見ながらGOサインもらえるまで一切禁止=部活禁止

正直絶望でした。

部位が「骨」という段階でなんとなくすぐに回復する場所ではないことは何となく感じたし、期間は長くなるだろうと覚悟はしましたが、自分はバレーボールをするためにこの学校に来たのに、その貴重な時間を何もしない時間に充てなければいけないという現実が、だんだん自分を苦しめていくことになりました。

周りからの目と、親への後ろめたさ

部活は禁止と言われても、行かないという選択肢は取りたくなかったので、事実上のマネージャー的な状態になりました。

練習の準備や、監督との間の連絡係、後輩への指示、練習中はボール拾い。そんな日々が半年以上続きました。

ただでさえ技術的に出遅れたスタートだったのに、同級生との差が広がって行くのを目の前で見ているしかありませんでした。

また、寮生活を送っていたのですが、ある先輩が隣の部屋で自分の事を話しているのが耳に入り、簡単に言うと「あんなに長く痛いのってほんとかな?ずる休みじゃね?」みたいな感じです。

陰口をはっきりと聞いたのはその先輩のその一言っきりでしたが、もう怒るとかそんなんじゃなくて、本当に悲しくなりました。
周りのみんなそんな風に思っているのかな?と。自分の存在価値って何なんだろう?と。

そして、そんな中一番申し訳ないと思っていたのが、両親です
寮生活と部活の遠征費などで、家計的にも結構な出費になっていたと思います。実家を出て高校に行った自分がバレーボールを追いかけて、元気にプレーしている、そんな姿を見たくてきっと送り出したであろうに、実際にはこんな状況で本当にごめんなさいと思っていました。ずーっと思っていました。

同級生や監督の言葉がなければ耐えられなかった

自分がプレーできないでいる間も、同級生たちは今まで通り接してくれました。仲いいやつは仲いいし、嫌なやつは嫌なままでしたが(笑)ただ、その環境が気を使われるとか、距離を置かれるとかされると多分自分はダメだったと思います。何も変わらずいつも通りバカ笑いして過ごす寮生活が心の救いになっていたのかもしれません。
そして、監督からも「焦ったってしょうがないんだから、今は休んでしっかり治しなさい」と、いつもの怖い人相からは想像できない声色で言ってもらったのを覚えています。
多分、長い監督生活で同じような生徒や、もしくは自分が現役だった時の同じような境遇の人を見てきたのかもしれません。その時に「しっかり治すことが今何より先にやらないといけないことだ」と心から思いました。

1度目の手術へ

そして1年近く経過したときに定期検査で主治医の先生から。

手術しましょう

と提案を受けました。症状が一向に良くならなかったのです。
その瞬間、両親はどう思ったのかわかりませんが、自分としては不思議なことに「物事が進む」感覚があり、嬉しかった記憶があります。
これ以上良くなる見込みがないのであれば、良くなる「かも知れない」ことに舵を切って進んでいける。どうなるかわからないけど、今のこの何もできない環境から変われるならすぐに手術して欲しい、と思い手術を受けることにしました。

手術の詳しい手法や名前は分かりませんが、簡単に言うと壊死している部分に細かいドリルで穴を空けて、そこに血流を入れることで、軟骨に近い性質のものを張らせる?みたいな感じだったと思います。

ドリルて!と思いましたが、もはや藁にも縋る思いで手術を受けたのでした。

手術

手術予定日の前日に入院しました。前日夜から食べるの禁止、当日朝から飲食禁止でした。
手術は全身麻酔だったのですが、その時一番覚えているのが、腰に打つ麻酔の注射がメッチャ痛かった!腰椎麻酔?か何かだと思うのですが、たぶんすごい太い針が自分の腰の奥深くまで「グリグリ」と入ってきて、中で何かにあたってすっごい痛かったです!ので、手術自体はその後眠っているうちに「あれ?終わった?」って感じでした(笑)

入院先で出会った人たちから受けた影響

翌日から約2週間入院となりました。
当時はスマホとかないので、本を読んだり他の入院患者の方と話をして過ごしました。

私のほかにも高校生で入院している人がたくさんいて、たまたまかも知れませんが、私と同じくバレーボール部で膝をやってしまった人も2人いました。ほかにも野球部で膝をやったとか結構多かったです。
その人たちは全員前十字靭帯断裂ということで、私よりもだいぶ前に入院していて、ものすごい大きさの手術痕を見せてもらいました 汗
やっぱり切れた瞬間はめちゃくちゃ痛いらしいですね…。

とまぁ、そんな話をして過ごしているうちに、少なくともみんな同じような悩みを抱えて手術していると思いました。
みんなと話しているうちに、不慮の事故とはいえ、起きてしまったことは戻せない、周りの大丈夫な人達と比べても仕方ないし、今できることを考えていくしかないと思うようになりました。

部活動復帰

手術の後リハビリを更に数か月行って、とうとう部活動に戻りました。
膝の痛みは正直少しは軽くなった?というくらいで、そこまで消えてなくなったという感じではありませんでした。
でも、思いっきり休む期間ができたことと、ここまでのいろんな気持ちがあった経緯の上にバレーボールができるという喜びがあって、残りの期間頑張ろうと思ってプレーしました。

しかしながら、筋肉が最初からジャンプできるレベルで戻っているわけもなく、上半身中心でトレーニングはしていたものの、実際にボールを追いかけるとなると話が違ってくるわけで、バレーボールプレーヤーに戻るまでにまた時間がかかりました。

そんな中少しずつですが、練習試合にも出してもらえたりと割とモチベーション高く過ごしていたと思います。

この時に思っていたのは、両親に「ここまで自分のためにお金と時間をかけてもらっているのだから、この分途中で諦めたり辞めたりしたらすべてを無駄にしてしまう。自分がどんな形でもこの厳しい部活動を終えきることで何か残るものがあれば、それが一番大事なものになる。」と練習が厳しい日も自分に言い聞かせて頑張りました。

最大の思い出

そんな高校最後の大会、高校総体の県大会で優勝し、インターハイ出場を達成します。
県内では強豪ではありましたが、全国常連のライバル校があり、私たちの学校が全国大会に行ったのは12年ぶりということでしばらく遠ざかっていたインターハイへの道が開かれ、監督も初の全国大会出場で号泣、私たちも厳しい練習に耐えた結果最後の最後の大会で報われた感情が爆発して、全員号泣しました。

もちろん私はレギュラーとしてコートに立つことはできませんでしたが、途中の試合で出場させてもらったりと両親に自分の足でジャンプしてスパイクを打つ姿を見せられたので、よかったと思います。

インターハイでは予選リーグ突破しましたが、2回戦で敗退しそこで高校生活バレーボールのすべてが終了しました。
自分なりにその時々にできることを精一杯やってきたつもりでしたので、不思議と悔いはありませんでした。練習していたときは苦しかったですが、それよりもなんか物事を考えている時間もものすごく多かったなぁと感じます。

ケガで苦しんでいる中学生・高校生のみなさんへ

部活動を通じて学んだことはたくさんありますが、それと別にケガをして学んだことは今考えるともっともっと大きかったと思います。

若い時に苦労はするものだといいますが、学生時代のケガで思い通りの成果が出せない事って、働いてから仕事で苦労するよりも大変かもしれません。実際に私はそう思います。

スポーツ推薦とかで入部したなら尚のこと、限られた時間の中で自分の存在価値を疑問に思ってしまう人も多いと思います。

ただ、すごく現実的な話をしますが、今無理をして壊した体は、あと少なくとも60年は使います
今とても辛くて、なんで自分ばっかり…と思うかもしれません。でも、一歩引いて考えてみてください。「この先も今やっているスポーツを続けますか?続けたくないですか?

たぶんそのスポーツが好きだからガンバっていますよね?この先も続けたいのであれば、身体はしっかり治してください。若い身体だったらちゃんと飯食って、良く寝て休めばひどくても1年もあれば治るケガがほとんどだと思います。
そして、こんなに周りのことを考えられる時間が若いうちにできて良かったといずれ思える日が来ます。
自分が当たり前に生活していた日々は、周りに色んな人や環境やものがあって成立していたんだと学生のうちに気づけた人がどれだけいることでしょう?

辛いことを経験した人しか、辛いことを今経験している人の気持ちが心からはわからないと思います。
大人になって社会に出て、大変なことがあっても「あの頃にくらべれば屁でもない」と思える日が来ます。

今、他の人が経験できないものすごい経験をしています。

絶対に悲観しないで、顔を上げて頑張ってください。

スポーツに復帰した方は絶対にサポーターつけてプレーしましょうね。

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